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クーママ

Author:クーママ
ミニチュアシュナウザー
女の子
2006・10・29生まれ
岩手県 盛岡市 滝沢市との境目
てくてく散歩
       

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三陸鉄道

大槌町の森の図書館と風の電話を訪ねた
2014年・5月。

ててごとひろば の皆さんに、仮設住宅へミシンなどを
届けに行ったのでした。


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小高い丘から海を見て
ここが残って、ほんとうに良かった・・と思った丘の上の図書館。


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JR山田線の波板駅

北リアス線と南リアス線の三陸鉄道の間のJR山田線。
震災後、JRが山田線の線路を復旧して三鉄に移管して
三鉄は一本の鉄道になるべく復旧に励んできた。


2019年3月23日に、北の久慈駅から南の盛駅までの全線開通
となった三陸鉄道。
岩手県沿岸を、4時間30分で走ります。

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電車から降りた人達が口々に運転士さんに
ありがとうございました と声を掛け、
運転士さんがひとりひとりに丁寧に
どうもありがとうございましたと感謝して。


三鉄も地域も頑張っています。
どうぞ、乗りに来てくなんせぇ〜!



全線開通記念の地元テレビ局番組を録画してて
見たのが 昨夜だったもんだから今頃で~~す~~^^:


思えば、私が小学生だった昔に沿岸に鉄道が通ると決まって、
小旗を手に手に行列のお祝いして、
あの頃、訳も分からずに見ていたけれど・・


それから紆余曲折の鉄道・・
やっと、やっと、三陸沿岸全線開通。

なんと長い年月を経たのだろう・・



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近所の梅が咲き始めました。

南三陸沿岸はもう桜が咲いています。

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ムスカリ一輪、見つけた^^


あの年の満開の桜は、灰色に近い色に見えた。
徐々に薄れて、去年は淡い薄墨色の薄いベール越しの色・・
くちでは綺麗といいながら、まだ本当の桜色を見ていない。

今年は、胸のクウーと一緒に見るのだから
心から綺麗だと思える
本当の 桜色 に 逢いたい・・


2014年・5月の大槌町を訪ねて
森の図書館を訪ねた記録です。
お時間ありましたら覗いてくださいね。


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地震 | 02:59:12 | Trackback(0) | Comments(0)
あの日の8年目
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2012年8月の野田村

2011年に、まだ瓦礫に埋もれた この場所 に 来た時の
胸を襲った衝撃が今も薄れずに有る。

電気がついて3日めに見た、へたり込んで立てなかった あの
沿岸を襲う津波と
福一の あの映像が
あれでも希薄なのだと思い知った瞬間だった。



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原発要らない のデモに参加した夏。

クウーも一緒に歩いて、何度目かには 頭かずに入れて貰ったような^^:



2013年 山田町の応援祭り

山田町のお祭りの助かった山車1基を中心に、各地から
テント持ち寄りで出店の若者達の活動に、せめて行って応援と家族で。


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クウーを連れて歩くのもためらったのだけれど、地震後の
散歩で会う人達の、いつもと違う緊迫感で分離不安症になった
クウーはまだ車の中にも置いとけなくて。

受け入れられないようなら、クウーと私は別行動で・・と
思っていたけれど、


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わんちゃんだ と行く先々で囲まれて撫でてもらったね。

失った家族ワンを思いながらの手も、いつかまた一緒にの手も、
泣きたい気持を堪えながらの手も、いろいろな手が有ったろうのに、
みんな そっと撫でてくれた。

わんちゃん あったかい
それ以上をくちにしない子達・・


松本君の呼びかけに、署名活動もササヤカにして
避難所にはワンニャンも連れて行けるようになったけど、
その先の、仮設住宅も復興住宅もペットお断りの ままなのだ。


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すべてが人の暮らしだった瓦礫の山が続く。


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家々だった跡を見つめて

内陸に居てさえ、あの酷かった日々・・
私など、計り知れない この場の人達の日々とこれから・・
ほとんど無言で過ごした あの時のお祭りの日。
8年目の今、淋しい笑顔はほんとの笑顔になっただろうか。


出来る事を探して考え続けて、支援物資をわけてもらって
始まった ててごとひろば。

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全国からの支援の衣類に付いていた、何枚かのクリーニングのタブ。

無駄にはしまい と胸に刻んでハサミを入れた。



2011年5月の暮れゆく時刻の、野田の町の友人の店の
捻れてめくれ上がったシャッター、その遙か上の津波の跡の汚れ色。

ポツンとボンヤリ色の灯りの輪に、見上げた裸電球の街灯。
その瞬間、私は水の中にいて
苦しくはなく、ただ暗くて 泳げないのに水の中で。

違う、津波の海はこんなじゃない。 では この海は 死の海なのか。
静寂で どこまでも冷たい水の中に漂う私。

あっという間に芯から冷え切って、あぁ・・死ぬんだと思った。

クゥン・・

電球の灯りの下に戻って、クウーが不安に張り裂けそうに見上げていた。
崩折れてクウーを抱きしめて泣いた。


あれは何だったんだろう・・
津波に流された魂が見せたのだろうか。

3・11の日が近づくと思い出したようにテレビが流す
あのサイレンがいきなり耳に飛び込んで、私はあの水の中に
引き戻されて、毎年の今時期、
氷の冷たさが身にまとわりついて離れないのだ。

笑わせてくれるクウーが居ないからか、今回は長かったよ、クウー・・
でも、きっと、忘れるなと、誰かが言い続けているんだよね。

8年分の歳が増えた今、ごくささやかな事しか出来る事が無いけれど
何かを抱えている人が、少し笑顔になってくれるかもしれない事を
出来る間は続けたいと、あの冷たさが私の手を動かしているんだね。

冷たさの気配に心身が疲れて
PCを覗くのも間遠になったり。

やっと、冷たい気配が消えた今日、
そんなふうに振り返った8年目に
やっと書けた 冷たい気配の事でした。




地震 | 22:45:38 | Trackback(0) | Comments(12)
あの日   2019年3月11日(月)



8度目の あの日  静かに過ごして 祈る




ずっと、外の雪の中で灯してきた
この日のローソクも、随分と短くなった。

8度目の今日は、雪が無く 爆弾低気圧の風の日で
部屋で灯して見つめる。



去年の今頃は、文書改竄で揺れていた。
今、更に酷い。

あのあと、誰しもが
この国は もっと優しくなると 思ったのではなかったか。

この日だけの あの日 じゃない
暮らしも原発も 続いている





地震 | 01:05:23 | Trackback(0) | Comments(0)
赤い蠟燭
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小雪舞う 7年目の日の夜


あの日からの3日間を、 この ささやかな灯りに
慰めてもらった。
大切な赤いローソクを、今夜も雪の中で
灯して祈る。




あの年の夏に生まれた孫が、今年4月になれば
小学入学を迎える。

そのくらいの年月を仮設住宅で過ごし、今もまだ
大勢の人達が住まっている。
地面を嵩上げしても、避難先での暮らしが出来ていて、
先行きの分からない故郷へ、帰るに帰れない。
復興住宅に移りたくても、家賃が払えない。
原発事故前の放射線量規定よりも高い設定して
帰還せよという。
始末の出来ない物を延々と造り出すのに、
廃炉どころか、代替えエネルギーを模索どころか
原発輸出に武器製造。
日本の心が優しくなれると期待したのは ほんのいっときだった。



デモに参加していた私とクウーの体力は
7年経って、だいぶうすれてしまったけれど
気持ちは変わらない。

命がなによりも尊いです。
地球に生きる命です。
せめて これだけは。 

原発いらない! 





地震 | 03:03:21 | Trackback(0) | Comments(4)
あの日
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黙祷



あの時に 手をかざした ローソクを 今年も 残り雪に 灯す

シン と冷たく輝く 星の空を 白鳥が飛んでいく 声が した



あの日の夜は 雪の降る音が 聞こえるくらい に 静寂で

激しく交互に 続く 余震の音と 雪だけがうかぶ 真の暗闇


信じられない たくさんの命、津波 原発 風景

今も 探し続ける 行方不明の人の家族


忘れられるものか 





地震 | 23:57:11 | Trackback(0) | Comments(4)
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